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生老病死と向き合う あなたのそばに
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日蓮宗新聞 令和6年12月20日号
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笑 顔
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齊藤 耀慧
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仏さまの優しさに触れたとき
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令和6年1月1日、社会が悲しみに沈みました。石川県で能登半島地震が発生。大切な家族や積み上げてきたものを一瞬のうちに失い、被災者たちは空虚な心を埋められないまま、時が過ぎていきます。
大切な家族との別れには、さまざまな形があります。病気で別れ逝く、事故で別れ逝く、自ら命を絶ち別れ逝く、どんな形であっても残された者にとっては胸をえぐられるような悲しみなのです。
「生死一如」という言葉は、生と死は別々のものではなく、繋がっていることを教えてくれます。しかしとてつもない悲しみのなかにいる人に、仏さまの言葉は、ときとして虚しく響いてしまうことがあります。
家族を失うことは、受け入れがたい悲しみです。ある女性は、夫と一人娘を自死で失い、生きる気力を失っていました。自分自身の精神をコントロールできずに苦しみ、気持ちのなかは、さまざまな感情でいっはいでした。そのような気持ちを払拭するためにいろいろな占いに頼ったようです。しかし根本的な解決にはなりませんでした。
それでも悲しみや怒り、苦しさを受け入れていかなくてはならないのです。話を聞くことで少しずつですが湧いてくる感情を抑えることができるようになり、一緒にお題目をお唱えする機会も増えて、笑顔も見えるようになりました。
「お題目を唱えると、心が落ち着き涙が出るんです。悲しい涙ではなく、優しさに触れたときのような涙なんです」と話してくれました。
きっと穏やかな、仏さまに抱かれた安心が感じられたからではないでしょうか。
「私、お墓参りに行ってきます。まだ1度もお参りに行っていないので。きっと喜んでくれますね」。そういって笑った顔が印象的でした。
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(日蓮宗ビハーラ・ネットワーク会員)
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